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仙台地方裁判所 昭和50年(行ウ)2号 判決

原告 毛利政隆

被告 大河原税務署長

訴訟代理人 宮北登 奥山倫 山田昇 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  原告が昭和四五年以降事業所得等につき青色申告をしている貸金業者であること、原告が昭和四七年三月一五日同四六年分において一〇四、〇四八、五八七円の欠損を生じた旨確定申告をなしたこと、その後同四八年七月三日被告に対し右四六年分の欠損を理由に同四五年分所得税金二八、五八六、二七〇円の純損失の繰戻しによる還付請求(本件還付請求)をしたこと、右還付請求に対し、被告が同年一〇月三一日、右還付請求は同四六年分青色申告書の提出と同時になされたものでないことを理由として「本件還付請求は理由がない。」旨の処分をなしたこと原告が右処分に対し同年一二月二六日被告に異議申立をしたが昭和四九年二月二三日棄却され、同年三月二二日国税不服審判所長に対して申立てた審査請求も同年一一月三〇日棄却され、同年一二月五日その裁決書の謄本が原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、所得税法一四〇条一項は還付請求の始期を定めたものであるから昭和四六年分青色申告書の提出と同時に本件還付請求をしなければならないものではないし、仮に右主張が認められないとしても原告には請求原因第三項(二)の事情があり、前記所得税法一四〇条一項に関する基本通達(本件基本通達)に定める「還付請求書が青色申告書と同時に提出されなかつたことについてやむを得ない事情」がある場合にあたるから、被告の本件処分は所得税法一四〇条の解釈を誤つたか基本通達の解釈を誤つた違法があり取消されるべきである旨主張する。

よつて、この点について判断するに、純損失の繰戻しによる還付の制度は、期間計算主義から来る徴税の不合理と税負担の不公平をなくすための期間計算主義に対する例外的措置であるから、その旨の特別の規定があつてはじめてこれが認められるものであるところ、右の還付請求について、所得税法一四〇条一項は「青色申告書を提出する居住者は、その年において生じた純損失の金額がある場合には、当該申告書の提出と同時に、納税地の所轄税務署長に対し、………所得税の還付を請求することができる。」と規定しているのであつて、右規定によれば、純損失の繰戻しによる還付請求は青色申告書の提出と同時になした場合に限り認められるものであることかが明らかで、原告主張のように同項が還付請求の始期を定めたものと解すべき特段の理由も見出し得ないから、結局原告のこの点に関する主張は原告独自の見解であつて採用できない。

しかるところ、本件において、原告が本件還付請求書を被告に提出したのは昭和四八年七月三日であつて、昭和四六年分の青色申告書が提出された昭和四七年三月一五日より一年有余後に提出されたものであり、原告主張のように昭和四八年四月二六日に提出した還付請求を被告の取下勧告により一旦取下げたとしても、右の還付請求も青色申告書の提出と同時になされたものでないことに変りはないから、本件還付請求を青色申告書と同時に提出されたものでないとして認容しなかつた被告の本件処分は正当であり、本件処分に所得税法一四〇条の解釈を誤つた違法はないといわねばならない。

もつとも、所得税法一四〇条の還付請求に関して「還付請求書が青色申告書と同時に提出されなかつた場合でも同時に提出されなかつたことについて税務署長においてやむを得ない事情があると認めるときは、これを同時に提出されたものとして法一四〇条一項の規定を適用してさしつかえない」との基本通達があるけれども、一般に通達は上級行政庁の下級行政庁に対する命令又は示達の一形式にすぎたいもので、それ自体、法規としての性質をもつものでないから、たとえ下級行政庁が通達に反する事務処理をしたとしても、それは下級行政庁が上級行政庁の命令ないし示達に違反する事務処理をなしたという意味において不当なものとして行政機関内部において是正されるのは格別、右事務処理が法律に違反するものでない以上、これを直ちに違法なものということはできないものであるのみならず、右の基本通達は、それが期間計算主義に対する例外的措置として認められた還付請求に対する所得税法一四〇条一項の規定する青色申告書と還付請求書の同時提出の要件を更に緩和するものであることに鑑みると、右通達にいう「やむを得ない事情」とは青色申告者の責に帰することのできない特別の事情により同申告書が青色申告書の提出と同時に還付請求をなし得なかつたと合理的に認められる例外的な場合をいうものであつて、いわゆる法の不知を含まないものと解すべきである(なお原告の主張する法人税法八一条に関する基本通達にいう「錯誤に基づくものである等………税務署長が真にやむを得ない理由」の「錯誤」も右と同様の趣旨を例示したものであり単なる法の不知を含むものではないから本件基本通達に関する右判断を左右する根拠とはなり得ない。)。しかるに、本件において原告の主張するところは結局において所得税法一四〇条の規定の存在を知らなかつたというものであつて単なる法の不知にすぎないものであるし、なお、〈証拠省略〉によれば、被告から原告に送付された昭和四六年分の所得税の確定申告書用紙には、「……、なお〈1〉から〈12〉までに赤字の金額がある人や前年からの繰越損失がある人は複雑ですから税務署におたずね下さい。」と記載されており、また右用紙と共に配布された四六年分所得税の確定申告の手引きと題するパンフレツトには、「各種の所得金額の合計額が赤字となつた人など」および「純損失の繰越しと繰戻し」の各項において純損失の繰戻しについて説明がなされており、従つて原告は昭和四六年分の所得税の確定申告時期において純損失の繰戻し制度を知り得べき状態にあつたことが認められる点からみても本件基本通達にいういわゆる「やむを得ない事情」に該当しないことが明らかであり、右は原告において本件還付請求(昭和四八年七月三日付請求)以前に同年四月二六日付で同様の還付請求をなしていたか否かによつて差異を生ずるものではないから、本件処分に基本通達の解釈適用を誤つた違法があるとする原告の主張も失当といわなければならない。

三  してみれば、本件還付請求を認容しなかつた被告の本件処分を違法とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 後藤一男 宮崎章)

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